私は視線を爪先に落として呟いた。


「例の女の子、どうなったの?」

「ああ、さっき戻ったよ」

「そうなんだ……」


“戻った”ということは、意識不明の状態から目が覚めたということだ。

さっきは腕の痛みのせいで、それどころじゃなかったけれど。


「なら、月曜日から学校に来れるんでしょ?」

「あ、そのことなんだけど……ちょうど良かった、ノート貸してくれよ。時間ある時に写しとかねーと」


私はカバンから4冊ノートを取り出し、市川に渡した。


「今持ってるのはこれだけ。他の教科はマキとハルカに貸してる」


受け取りながら市川は笑っていた。


「お前、結構真面目なんだな。得意教科は体育だけって感じのくせに」

「ちょっと! 誰のためだと思ってんの!? あんたが授業に出れないっていうから──」


あ、しまった。

言った後になって、なんだか恩着せがましかったかなと口を閉じる。


「え、俺のため……?」


市川は驚いたように目をぱちくりさせていたが、すぐに笑顔を取り戻した。


「ありがとな、日渡」

「ううん……私もずっと休んでたから、市川のためにノート取ったのだって、本当はつい最近なの。でも、学校に通い始めたら、不思議なことが起きて……」

「不思議なことって?」

「それがね、──」


再び学校に通い始めたあの日のことを思い出していた。


机の中を見ると、ノートがいくつも入っていることに気が付いた。

その数といったら、1冊2冊のレベルじゃない。
束になるくらい、たくさんだ。

誰かが間違えてここに入れたのだろうと思ったけれど、……なぜか私の名前が書いてある。

更に不思議なことは、まだ続いた。

なんとそのノートには、私が昏睡状態の間に受けられなかった全ての授業がまとめられていたのだ。


「──初めは、マキとハルカがノートを取ってくれてたんだと思ったんだけど、そうじゃないってさ。あんなに膨大な量のノートを写しておいてくれるなんて、いくら善意でも普通出来ないよ。……ね? 不思議でしょ?」