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──貴女はきっと、ただの形式的なものとしてもう忘れているのだろうな。

 碩有は戴剋の遺言の折に、翠玉と言葉を交わした時の事を思い出していた。

 簾越しの会見の思い出話は疎か、「他に思う相手がいるのなら」とまで言ったのだから、恐らくそうだろう。

 けれど出会いから五年経った今、こうして自分は彼女を腕に抱いている。

 帳の下りた寝台の中、安らかな寝顔を見つめる碩有の眼差しが、こみ上げる愛しさに揺らめいた。



 代替わりした陶家の若当主は、西楼に瓊瑶一つ抱くばかりと。

 後年貴人には稀に見る仲睦まじい夫婦として、広く領土内に語られる事となる。

 噂は多少の誇張を以て近隣諸国にも知れ渡るが──今はまだ、先の話だった。

               ─了─