建物の中は、普段翠玉が起居しているものと造りが多少異なっていた。

 廊下の壮麗な意匠や、手入れの行き届いた様子は変わらない。午(ひる)を大分過ぎた時刻の為か楼内はやや薄暗いが、使われていない建物というわけではないらしかった。

 翠玉は重い足取りを進めながらも、ぼんやりとつい先ほど己が目にした光景について考える。

──碩有様は、榮葉さんの願いに応えたのだろうか。

 かつては思いを交わし合った仲なのだ。榮葉自身には未練があるのではと思うが、碩有の心中はわからない。もし同様に思っていたのならばあの様な展開にはならないと頭ではわかっているが、未練がなくとも触れるぐらいはするのかもしれなかった。

 それは自分に触れたと同じ様に、だろうか。

 翠玉にはよくわからなかった。自分がもし婚約者と今再会したら、と想像しようとするが、うまくいかない。

 二人が寄り添っている姿ばかりが脳裏を支配してしまうのだ。

──私って、こんなに嫉妬深かったのね……。

 廊下の左手に房の扉が見えたちょうどその時、向こうから複数の人間の足音が聞こえて来た。

 咄嗟に彼女は扉に手を掛ける。鍵が掛かっていなかった事に驚いたが、迫る人の気配に構わず中に飛び込む事にした。

「……ちょっと、貴方! 鍵が掛かっていないじゃない。言ったでしょう、例え僅かな間でも、ここの房は鍵を掛けて出て行きなさいと」

 房に入って来たのは女性二人、どうやら掃除をする使用人らしかった。

 翠玉が飛び込んだ一瞬後に入って来た彼女達は、てきぱきと室内を清掃していく。

──こちらに来たら、どうしよう。