「証拠は既にこちらで押さえてましたし、反証があるならば尚の事彼はもっと早い段階で出さなくてはならなかったのです」

「そんなものかしら……」

「厳しい様ですが、本来領主より詮議があった事を軽んじるだけでも処罰するのは可能です。私がそうしなかったのはひとえに扶慶殿の対処の仕方を測る為でしたから、失策を犯したと言う他はありませんね」

 いつもと変わらない、天気の事を話す様な碩有の穏やかな表情。

 彼は紛れもなく政治を行う君主なのだと、改めて思い知らされる。

 祖父戴剋が名君と称されていたのはただの領民だった頃、彼女も知っていた。周囲で賞賛する声を聞いていたからだ。

 民が平和に暮らせるのは君主がきちんと政治を行っているからなのだが──陰には色々な苦労があったのかもしれない。

 自分は本当に彼の一面しか知らないのだと、翠玉はいたたまれない気持ちになった。

「……榮葉さんは、あの人と何か関わりがあったの?」

 単なる嫉妬に取られたくなくて、渋々顔を正面に戻した。

 案の定碩有の視線をまともに受けて戸惑う。

 また「関係ない」と言われてしまうだろうか。

「あの、どうしても話せない様でしたら無理にとは……」

「でも、気になるのでしょう?」

 翠玉は慌てた。いつの間にか夫が自分の手を取って弄び始めている事に気付いたから尚更だ。

「私はただ……榮葉さんの様子がちょっと腑に落ちなくて、それで聞いただけですっ」

「腑に落ちない?」

「一度だけお見かけしましたが、随分とお顔の色が優れませんでした。それに」