病み付くまでは健康そのものだったと、医師からは聞いていた。最盛期には数十人もの美姫を六天楼に揃えた戴剋が、最後に迎えた側室に何もしなかった、というのは俄かには信じがたい。それでなくとも、翠玉の寵愛ぶりは屋敷内に知れ渡っていたのだから。

──翠玉を、大切にするのじゃぞ。

 戴剋の言葉が、脳裏に蘇る。

 祖父は気づいていたのだろうか。自分が遊学を隠れ蓑に屋敷に寄り付かなくなった理由を。

 碩有は汗に湿って額に掛かった翠玉の前髪を、手を伸ばして払い除けた。

「……ん……」

 腕の中で、僅かに身じろぎし吐息が漏れる。煙る様な睫毛に縁取られた瞼が震えた。

 今目覚められたら、自分はまたも執拗に妻を求めてしまうかもしれない。

 だがそんな碩有の危惧を嘲笑うかの様に、翠玉はまたも深い眠りに落ちて行った。僅かに上下するきめの細かい胸元には、碧玉の首飾りが相変わらず煌いている。

 安堵と落胆の入り混じった複雑な思いで、彼は夜明けまでの僅かな時間を眠らずに過ごした。

 己の中の『執着』という名の魔物と戦いながら。