まず工員の身形と健康状態を報告する事。

 それに気缶室の合鍵を作って、決められた時刻にこの場所に来る事であった。

 紡績工場はその作業過程でどうしても糸埃が発生する為、換気を良くしなければ働く者達は肺を患う。

 気缶室がきちんと動作しているかを確かめるのは、「病気が発生している」という報告の裏づけまたは原因の消去法の為であった。扶慶が機械の手入れをさせていないのであれば、案内してもらえない可能性があると踏んで先回りしたのだ。

「お待たせ致しました」

 工員の作業着を着た男が足早に碩有達に近づいて来た。四十代ぐらいに見える、くたびれた出で立ちをしている。長めの黒髪も櫛を通していないのか、風に当てられた如き乱れ具合だ。

「園氏か? 随分と見違えたな」

「冷静に言わないで下さい、朗世様。この格好は工場内では普通なのですから」

 園氏と呼ばれた男は苦笑している。間諜として潜入した彼は朗世の部下、普段は身形に気を遣う風流人で知られていた。

「鍵は作れたか」

 上司に促され、園氏は懐からそれを取り出した。

「よくやった」

 碩有も労いの言葉を掛けて鍵を受け取る。だが園氏の表情は晴れなかった。

「ですが御館様、少しばかり厄介な事態になりまして──扶慶殿が、今この工場に到着されました」