鳳洛に戻る前、西邑に車を向けた碩有らは陶家所有の紡績工場へ辿り着いた。

 桐は元々陶家の直轄地、邑の三割近くの敷地を埋める工場は規模も大きく雇っている工員も多い。実に領土内のほとんどの糸の生産をここで行っていた。

「朗世、使いの者を遣って扶慶殿にはしばし遅れると伝えろ」

 車を降りた碩有の言葉で、朗世は主がこの工場を視察するのを内密にしたがっているのを理解した。歯切れ良く返事をして別の車にいる供の一人に指示を出す。その間にも、碩有はさっさと裏門から敷地に入って行った。

 傾斜の急な独特の屋根は色も灰とくすんでいて、かつては白壁であったろう外壁も汚れて漆喰にひびが入っている。百は優に超えるであろう同じ造作の建物が均一に並ぶさまは、まるで廃墟の群に紛れ込んだようだ。建物の煙突から煙は立ち上っているが、人の活気をまるで感じない。

「奥には工員達の住居もあるはずだが……本当にこの様な場所で暮らしているのだろうか」
 
 碩有は建物の脇道を進んで、換気をする動力施設の方へと向かいながら顔をしかめた。

 「気缶室」と札が掲げられた別棟は、建物の割に扉が小さかった。扉に手を掛けてみるが、木造のそれは見かけよりも頑丈でびくともしない。

「園氏はまだ来ないか」

 朗世は懐中時計を取り出して「少し時がある様です」とだけ告げた。

 そもそもこの視察を行うと桐に告げた後、碩有は潜入させる部下園氏にある指示を与えていた。