「わが陶家も見くびられたものだ……これは早々に処理せねばなるまい」

 碩有は端整な面に冷笑を浮かべた。

 元々表情に乏しい朗世は、表面上は何事もなくそんな主の顔を眺めながら、内心疑問を禁じ得ない。六天楼で夫人に接している男と、とても同一人物には思えなかったからだ。

 物心ついた時から仕えている彼だったが、『こちら』の顔しか知らなかったので始めはひどく衝撃を受けた。

 確かに家族に対しては優しい一面を持ち合わせている主だったが、若くもない、義理でもらい受けた妻に対してあそこまで尽くすとは。

「既に園氏(えんし)らを現地に潜り込ませてあります。工員達の間に不衛生故の病気が広まりつつある様ですので」

 碩有の両眼に苛烈な怒りが宿った。

「処置は」

「薬と知識を。隠密裡にはそれが限界でございます」

「そうだな。ご苦労だった。後は奴を片付けてからの話だな」

 是、と短く朗世が返事をすると、彼はまた車外の風景に目を向け始める。

 主をそのままに手元の書類を読みながら整理していたが、ふと呟きが聞こえて来て目を上げた。

「何かおっしゃいましたか」

「ん? いや、ちょっとな」

 碩有は微苦笑を浮かべた。