「槐苑様。ようこそいらっしゃいました」

「奥方様にもご機嫌麗しいご様子で、何よりじゃ」

 にっこりと愛想笑いをして椅子を勧める翠玉に、おざなりな言葉で顔色一つ変えずに老女は当然のごとくどっかと腰を下ろした。

 噂では八十をゆうに越えているというこの女性は、娘時代より六天楼に入り人生の大半を過ごしていると聞く。何代か前の当主の側妾であったのを、才能を買われてそのまま世話役として残ったとか。

 同じ側妾出身だからなのか、それとも元からこうなのか。槐苑は概ね翠玉に対してぞんざいな態度を取った。

「今日は何の御用でしょうか?」

 紗甫が円卓に茶器を並べていく様子をじろじろと眺めている槐苑に、翠玉が辛抱強く問いかけた。

 本当は用事などわかっている。碩有の妻となってからというもの、三日に明けずやってきては同じことを繰り返すのだから。

「用事というほどでもないですがね。その後どうですか、御館様はこちらにお泊りになられますか?」

 予期していたにも関わらず、翠玉は一瞬返答に詰まった。

「……いいえ」

 老婆は大仰に眉を上げて見せる。

「いけませんね。ご結婚されてからもう半年にもなるのですよ? お気楽に構え過ぎなのではありませんか」