拓也が故郷に戻って1日。


時間で言えば18時頃だった。
癒威はギターを抱えて、通りの隅に座り込んでいた。

人通りは多くもなく、少なくもない。

けれども静かな場所だった。

寂しげに地面を照らす街灯には頼りもせずに、闇に紛れてひっそりと弦を弾いていた。小さな歌声で。


もともと暇つぶしに来ただけで、人に聞かせるためではない。

それが滲み出ていたのか、そんな歌には誰も立ち止まらなかった。



……ただ、一人を除いては。



正面に、少し離れて立ち止まったのは女性だった。

つやのある黒い髪は、真ん中で分けた前髪と一緒に、胸の辺りまで真っ直ぐに伸びていた。
その毛先がわずかな風でサラリと揺らいでいる。


テンポの遅い曲をゆったりと弾きながら見上げれば、優しいその瞳と目が合う。

気にせず歌い続けている間、彼女もずっとそこにいて、最後の弦を弾き終えると、大きな拍手が贈られた。

静かだった所に大袈裟にも聞こえる拍手が響いたから、歩行者はびっくりして振り返る。


静けさを取り戻した頃、癒威はギターを置いて、


「ありがとうございます」

 
と会釈した。すると女性はキラキラした目を細めて笑い、『素敵な歌でした』と口を動かした。


「でも、よく聞こえなかったでしょう?」


癒威がそう言うと、彼女は首を横に振る。


さっきから言葉を話さない……。

不思議に思ってきょとんとしていると、彼女はちょっとだけ戸惑って数回瞬きをした。