翌日の昼頃。

スニーカーに足を入れ、荷物を持ってドアを開けた。


「気を付けてね」


玄関まで見送りに来てくれた太田を顧みて、僕は頷いた。

部活をやっていた時に使っていた遠征バッグを肩から下げる。
中身はたいしたものじゃないけれど、毎日使っているものと一緒に勉強道具も一応、入っている。

今日から約1週間、久々に帰省するのだ。


本当は、僕の将来について親が納得するだけの技量や心構えができるまで帰らないつもりだったのに、加奈に押されて仕方なく、だ。


「ギターは持っていかないの?」

「荷物になるし、いいや」


そっか、と太田はまた微笑んだ。


「本当は帰るつもりなかったんだもんね。でも、……寂しくなるなあ」


少し眉を下げてそう言われた時は、何だか胸のあたりがムズムズして仕方なかった。

前にも言ったかもしれないが、それは僕が、こういう寄り添ってくる言葉に免疫がないせいなのだ。


「た、たった一週間だろ。じゃあ、また年明けにね」

「そうだね。良いお年を。いってらっしゃい」


笑顔を交わして、ドアを開け、そして、歩き出す。


部屋の温度も太田の声も、残らず外の気温や街の音に掻き消された。

ここでの生活に慣れすぎたせいだろうか。

これから我が家に帰ろうというのに、どこか遠い場所へ旅立つ気分だった。




通い慣れた、古い小さな駅から電車に乗り込む。

主要となる大きな駅まで約1時間かけて、ゆっくり離れて行く。

まだいくらも遠のいていないのに、その途中で急に心細くなった。


これから向かう場所には、太田はいない。
この手の中にギターもない。

そのことが、なぜだか僕の胸に隙間を作ってしまった。

太田には「たった一週間」と言ったくせに、結局は僕も彼以上に寂しがっていたのかもしれない。

僕をここまで育ててくれた家族より、大切な友達や物の方をとってしまう僕は、薄情なんだろうか。