彼女を見送ってから、癒威は歩いて教室へ向かった。


その最中、自分の中で生ぬるい感情が充満し始めていた。

それは、実に奇妙な感覚だった。

気分が悪いわけでもなければ、不安なわけでもない。

それはなんとなく、焦りにも似ていた。

息がしづらいような、重苦しい心臓の鼓動。



ふと加奈と三谷の、あの照れくさそうな微笑みがよぎる。




──いつかは自分にも、そんな日が来るのだろうか──


 
そんな想いが心の隅から湧き始めていたことに気づき、癒威は顔を歪めた。



『誰とも付き合わないし、結婚もしない』



夏、拓也にそう言ったことを覚えている。

あの時はその決意を通し続けられる自信があったけれど、今は続きそうもない。

身近な友人があんなに幸せそうにしているところを見てしまったら、絶対に自分には訪れない幸せなんだと思い知ってしまう。


抑えても、抑えても、湧いてくるこの気持ちに蓋をしなくちゃ……。


握りしめた拳で、トン、トンと、胸を叩いた。