「でも……」

「ほら、その口癖。『だって』とか『でも』とか」

「あ、ごめん」


順二は微笑んで溜め息をついた。


「あいつは不器用だから、女心が分かんないんだ。悩むだけムダかもしれないよ」


あたしは昔、男だったから──だから今まで一度も可愛いとか言ってくれなかったんじゃないかな。

こんなに傍にいるのに、今まで身体の一部だって触れたこともないんだよ?

順二はあたしの過去なんて知らないから、何とでもフォローしてくれてるけど……。


──そんな風に考えてしまう。


すっかり俯いてしまった彼女に、順二は言った。


「大丈夫だよ。今まで近すぎたから意識しなくなっただけじゃないか? 慣れだよ、慣れ」

「慣れか……ちょっと距離置こうかな」

「そうすれば?」


そうする、と笑って、織理江はカップに口を付けた。


「このあと楽器屋さん行くんだけど、一緒にどう?」

「もちろん」






* * * * * * * *






携帯電話を見る。


画面に着信を知らせるアイコンはない。

メッセージを読んでいないのか、あるは着信にすら気づいていないのか、居場所を尋ねて送信したメールの返事は、未だに来ていなかった。


「ちくしょー。何なんアイツ?」


と言いたい言葉を心の中だけで呟く。

あんな風に怒って去っていくことなんて、今まで一度だってなかったのに。

一体、何が彼女の機嫌を損ねてしまったのだろう……?


考えてみても、全く思い当たる節もない。

釈然とせず、大人しくなどしていられず、織理江を探しに出向いたのだった。