「あの人が、井上さんだったんだ…」




井上春奈。

龍之介の、元好きな人。



すっかりその存在を忘れていた優衣だが、認識した途端に"井上春奈"の存在がぶわっと優衣の体中を駆け巡る。


同時に沸き上がるどす黒い嫌な感覚。


龍之介から直接聞いたわけではないが、噂では彼女は龍之介が追い掛けて高校を受験するほどの存在だったはずだ。


それだけできゅうっと痛む優衣の胸。

流れる涙は悔しさから不安へと変化して。




「…うー、やっぱ何か言われた?」




それに気付いた健は訝しげに顔を歪めると優衣の目の前の席に腰をおろす。


そしてごく自然な動作で優衣の頭を撫でた。