10月の中旬に私は産まれた。
季節からして暑くもなく寒くもなく育てるのにはいい季節だ。
当時母は21歳長屋に住んでいて私は夜泣きがひどく毎晩のように3、4時間泣いたと聞いた。その度に長屋の壁をドンと叩かれ泣きやますのに苦労したらしい。朝になると近所のおばさん達が「昨日はうるさかったわ!」「全然ねられへん!」など聞こえるようにゆわれベビーカーに乗った私も睨まれる程の夜泣きだったらしい。
そのまま母は商店街の薬局に駆け込み「子供が飲んでも大丈夫な睡眠薬ないですか?」とトンチンカンな事を聞いたようで、薬局のおじさんに「子供は泣くのが仕事」となだめられ帰ってきた。今思うと育児ノイローゼだろうと。
その頃父は仕事が忙しく夜も遅く私は父になつかずたまに顔見ると泣いて困らせた。
二歳を過ぎた頃には弟が産まれた。当時の話を聞けば黄疸がひどく、よく痙攣を起こし病院通いだったとゆう。
家も狭くなり東大阪から奈良へと引っ越した。
当時5歳。
新しい家は庭付き一戸建て。庭には白いブランコも置いてもらったけど遊んだ記憶はあんまり無い。一年の一学期迄そこで暮らして気がつけば又長屋に住んでいた。今ならなんで?と不思議に思うが当時は全く気にもならなかった。大人の事情。
転校先でもあまり友達を作る事もできなかった。当時の私は大人しく無口だった。自分から声をかけるなんてありえない。
しばらくすると、混じって遊んでいたので声をかけてもらったんだと思う。二年になっても変わらず目立たない子で家に帰ると近所の子と遊ぶほうが楽しかった。
子供心に友達が大きな家に住んでいる子ばかりで、ひけめを感じていたとこもあり、心をひらけなかったのかなぁと今となっては思う。