お父さんは、追いかけてこなかった。


少しだけ残念なような、少しだけホッとしたような感覚になりながら
自転車を駐輪場に停めて、アルバイト先の裏手から厨房に入る。


焼鳥を焼くための炭を起こしていた店長が、顔を上げて、
「ぉぅ!ギリギリだぞ!珍しいな!」と大きな声で話しかけてくる。
「すいません、ちょっと学校が遅くなって…」さっきの涙が、まだ
残っていたみたいで、最後のほうは鼻声になる。


「別に、まだ開店前だから、怒ってないから!」慌てている店長の後ろから
「あら、紗恵ちゃん、ちょうど良かった!」と社長の奥さんが顔を出した。
「ちょっと悪いんだけど、アナタ、今日から別の店舗に行かない?」


「…えっ?クビですかっ?」驚いて脅える私に、社長の奥さんは笑う。
「そうじゃないのよ!系列店は若いお客さんが多いから、紗恵ちゃん
みたいな、落ち着いてる子に、来て欲しいの。今日から行ける?」


「は…はい。でも、こっちは…?」チラッと店長を見ると、店長の背中を
社長の奥さんがバーンと叩いて「アンタが2倍働けばいいのよ!」と笑う。


18歳は節目と言うけれど、こんなに一度に苗字だけでなくバイト先まで
変わるだなんて、思ってもなかった。


「制服も可愛いわよ~♪」社長の奥さんが、上機嫌の中、店長と私は
力なくうなだれた。「分かりました。そのようにします。」