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「お待ちしておりました、孝明様」
そう言って、深くお辞儀をして見せたのは他でもない香椎くんの執事様こと『喜多川毅臣』様だった。
「おばあさんのほうは?」
リムジンから優雅に降り立った香椎くんは、白のスーツの胸ポケットからスッと白の手袋を取り出すとそれを自分の手にはめながらちらりと執事様の方を見た。
執事様はと言えば、ゆっくりと顔を上げ「お食事をされております」と答えた。
「準備に抜かりはないね?」
「勿論でございます」
にこやかにほほ笑む執事様に絶対の信頼を置いているらしい香椎くんはニッと白い歯を出してほほ笑み。
「では行こうか?」
リムジンの扉から敷かれたレッドカーペット。
そこに降り立つときもまた、香椎くんの手が目の前に現れる。
彼の全ての行動に隙もムダもなく。
女性を伴った時の紳士が取るその振る舞いに私は何度もドキドキしていた。
これが一人の女性、一人の男性として。
なんのしがらみも怨恨もない状態であったなら。
私は一瞬で香椎くんの虜になっていたに違いないし。
『綾渡』の『お嬢様』としていられることを心から喜んでいたと思う。
香椎くんと腕を組んで横並びで歩く。
その数歩後ろを毅臣さんが歩く。
レッドカーペットの脇にはメイド服をきた女性たち。
黒いスーツに身を包んだ男性たち。
その誰もが香椎くんと私に向かって頭を下げて「おかえりなさいませ」と繰り返す。
その一人一人に香椎くんは頭を小さく下げ「御苦労さま」と伝えていた。
香椎くんに声をかけられた人たちの顔が小さくほころぶ。
その姿に。
ああ、この人はこの家にとってどれほど大きな存在であるかを私は実感していた。


