「なんで?」
香椎くんが私の記憶に鍵をかけた?
思い出せないようにしていたってこと?
「……小さい頃のキミは……九条に誘拐されて監禁されたとか、お母さんを亡くしたとか。
家同士の問題ごとに巻き込まれて、辛い思いばかりしていたから。
それに……」
「それに?」
香椎くんはふぅっと小さく息をついた。
一拍ののち、香椎くんは手にしていた櫛を元の場所に戻し、鏡に映る私を見つめた。
「オレはキミの傍にはいてあげられなくなっちゃったから……
オレがキミの傍を離れている間、キミにこれ以上淋しい思いをさせたくなかった。
だから忘れれば、キミは違うキミでいて。
キミはキミらしく生きていけるかと思ったんだよ」
ゆっくりと香椎くんは懐から鋏を取り出した。
それをひと撫ですると、バラバラになっている私の髪を少し手にとってそこに鋏を入れた。
「でも……間違いだった」
鋏で髪を切りながら、香椎くんはぽつりと呟いた。
「キミの記憶を催眠で鍵をかけたことも……オレがキミの傍を離れたことも間違いだった」
手にとっては鋏を入れ。
少しずつ髪の長さを揃えながら香椎くんは言った。
「ずっと傍にいて、キミを守るべきだった。
オレが間違っていたんだ」
その言葉に。
その一つ一つの言葉に。
私の心臓が小さくトクントクンと音を立て始める。
彼の『言葉』という『小石』が私の心の『水面』を揺らす。


