「時間が惜しいだろう。
またキミとはゆっくり話をしよう、孝明君」
父はそう言うと私の背をそっと香椎くんの方へと押した。
「最後までしっかりな。
さぁ、おまえらしい答えを出しておいで」
「お父さん……」
父はそう言うとくるりと踵を返し、自室へと向かって行った。
山になっていた人々も散り散りになり、私と香椎くんだけがその場に取り残される。
「さぁ、髪を整えよう、セリ……」
香椎くんの手が私の手をやんわりと掴み、私を引っ張って行く。
「うん……」
柔らかく繋がれた手。
そこから香椎くんの体温が私へと伝わってくる。
「私が小さい頃も……こうやってよく手を繋いで歩いたね」
体温が呼び起こすのは遠い昔の記憶。
体温が呼びよせるのは小さい頃の幸せな思い出。
「セリは泣き虫だった。
けど、こうやって手を繋いでいるときだけは泣かなかったな」
広い背中。
大きな背中。
それは今も昔も変わらないのに。
ただ知りたくなかったのは事実。
知らなければよかったと思うのは事実。
香椎くんが『紫丞』の『当主』なんてことを今だって否定したい気持ちでいっぱいになってる。


