「私は今まで逃げてきました」
だから私はやっと父に打ち明けられる。
「この家の跡継であることも、立場もなにもかも。
私には疎ましく、無関係なことでしかありませんでした」
香椎くん。
私、間違ってるかな?
「ずっと仮面を被ってました。
ずっとフリをしてきました。
ずっと違う自分を着こんできました」
香椎くん。
私、これで本当の私に戻れるのかな?
「でも、もうそれは止めます。
綾渡セリという一人の人間として。
自分の道をきちんと自分で求めようと思います」
香椎くん。
私、前を向く。
「もしかしたら、負けてしまうかもしれません」
でもね、香椎くん。
私、不安だって大きいんだよ。
「お父さんの人生を……」
だって、香椎くん。
だって、私の人生だけでなく。
お父さんや……ううん。
この家に関わる人たち全ての人生をたった一日の出来事で大きく変えてしまうかもしれないんだから。
「考えなくていい」
父はそう言うと膝の上でギュッと作っていた私の握りこぶしの上に手を重ね、そっと握った。
「ただ真っすぐ歩みなさい」
ねぇ、香椎くん。
私、泣いてもいいかな?


