父の傍にゆっくりと近づく。
父はその間、まったくこちらを振り返りはしなかった。
畳の上を滑るように歩きながら、私は小さく深呼吸していた。
父の隣に立った時。
父はただ私に左手を差し伸べて「そこへ」と言った。
父の隣に並んで腰を下ろした後、私はゆっくり空を見上げた。
丸い月。
本当に、本当に。
こんなに丸いのだ、月は……そう思うほどに丸い月。
黄色の強い満月を並んで見上げるのはいつぶりだろうか。
そんなことがうっすら頭をよぎった。
夜風が心地よく頬を打つ。
静かで。
本当に静かで厳かな夜。
けれど、現実は決して静かでも厳かでもない。
「決まっているのだろう?」
父はなにを言うでもなく、そう一言問いを投げた。
「はい」
言いたいことが山ほどあったはずなのに。
聞きたいことも山ほどあったはずなのに。
すべてこの静けさとこの厳粛さに吸い込まれて行く。
「他の誰でもなく……お前自身が決めたのであれば行きなさい」
父はそう言って私をゆっくりと見遣った。
普段の父とは違う。
優しさと愛に満ちた瞳に私は包まれる。


