昼過ぎになって、車椅子に乗った依頼人を理恵が押して事務所まで来た。
理恵は俺達にコーヒーを入れて、賢一の隣に座る。
「本当にやってくれるとは…。ありがとう。娘もきっと…天国で喜んでるよ。」
賢一は俺達にそう言って頭を下げた。
「礼なら別にいい。仕事をしただけだ。」
「そうか。約束の依頼料だ。」
分厚い封筒を賢一から受け取り、軽く会釈した。
「賢一さんはこれからどうするんですか?」
優が賢一に聞く。
「警察学校に勤めることにしたよ。有望な新人を鍛える指導係にな。まぁ、この足だが頑張りたいと思うんだ!」
賢一は嬉しそうに話し、自分の膝に手を置く。
「そりゃ頑張らないとな。」
タバコをくわえて火をつけた。
「これからは絶望しないで前を向いて生きようと思うよ。娘の為にもね。」
「それは止めとけ。」
煙を吐いて言うと、賢一はわからないような表情を浮かべて俺を見つめる。
「娘の為になんて重苦しいこと娘が喜ぶかよ。自分の為に…自分の余生の為だけに頑張りな。その方が娘も安心して成仏できるだろうよ。」
そう言って、灰皿に灰を落とした。
「薫君…。君は本当に不思議だ。裏稼業には似合うその面構え…腕も確かだ。だけど、君は…優しい人間だ…!」
賢一は涙をこらえながら呟く。
「元警官がそんなこと言ってんじゃねぇよ。ちゃんと前に進んで…せいぜい余生を楽しむようにしろよ?」
そう言って分厚い封筒から200万出して賢一の前に差し出した。
「なっ…!これはどういう…。」
賢一は金と俺を交互に見ながら言った。
「俺からの餞別だ。」
席を立って階段の方に行きながら言った。
俺がそのまま部屋に戻っていく途中も賢一は何度も俺に頭を下げていた。