――あ、落ち……

 唯野 花菜(ゆいの はな)。

 彼女はその日、いつもと比べて下校するのが遅かった。その理由は、目前に迫る中間考査の勉強を図書室でして、そこで疑問に思ったことを職員室にいる先生に質問しにいったり、ちょうど委員会の当番が回ってくる週だったりと小さな理由は考えれば考えるほどにたくさんあるが、一番の大きな要因は、家族内での問題である。

 最近もっぱらの悩みであるこれは、一向に改善されないままズルズルとここまできてしまった。昨日もなんとかしなければ――と、結局は母親との喧嘩に終わってしまった。なので、今日は特に家には帰りたくなかったのだ。

 ということで、下校時間を過ぎても図書室でしばらく粘っていたのだが、見回りの先生が来て、下校をせき立てられてしまったので渋々帰路へと足を進めようと校門に差し掛かったその時――花菜の目に入ってきた光景は、思わず目を見開いてしまうものだった。

 ――あ、落ちる。

 彼女の頭に流れたのは、無情にもこと四文字の言葉だった。

 自分が普段授業を受けている教室から、クラスメイトの男子が落ちて行く。その突き落とした人物は暗い教室の闇に紛れて見えなかったが、突き落とされた人物はかろうじてわかった。

 「篠田くん――」

 クラスメイトの篠田 京(しのだ きょう)だった。

 花菜はそう呟いた瞬間走り出す。彼が落下したと思われる場所へと。

 走る、走る、走る――