彼女は、黙って僕を見ていた。


「……変な話だけど。いつか君に会ったら、話してみたいと思ったんだ。噂が本当かどうか。こうやって女の子を引き止めてる時点で迷惑なのかもしれないけど──」

「え? 今なんて……?」
「本当に、ごめん」

「あの、槍沢くん……」
「無神経だったよね」


「槍沢くん!」


オオタの声が遮る。
僕はきょとんとして彼女を見た。


「な、なに?」

「自分、男……なんだけど……」


やっぱり表情一つ変えない顔で、さらりと言った。

僕の唇から、


「へっ?」


という間抜けな声が飛び出す。


(……聞き間違い? ……今確かに『男』って……?)


「時々、女に間違われるんです」

「あ、やっぱり……──っていやいや! ごっ、ごめん!」


言った傍から無神経な僕。

慌てて俯いた。一気に顔がゆで上がる。


ふと顔を上げると、微笑している『彼』の顔が見えた。


(そう言われてみたら背も高いし……男子みたいじゃんか)


一時でも『女性』なんて思った自分が恥ずかしくて、申し訳なくて、また俯いてしまう。


でも、女の子って言われたら女の子に見えるし、
男の子だって言われたら、そう見えるんだから、仕方ない──のかもしれない。


「同じ歳の人には、あまり間違えられたことはなかったんですけどね」


田中は何でも知っているから、当然分かっていただろう。

たぶん、噂の人が男子生徒だと知らなかったのは、僕だけかもしれない。


「本当にごめん‼」

「大丈夫ですよ。慣れてますから」


君が大丈夫でも、僕は大丈夫じゃない……なんて、心の底では嘆いていたかもしれない。


だって、僕の淡い初恋は脆くも崩れてしまったのだから。