恋に落ちて



自分でも、何故呼び止めたのか分からなかった。

ただ、なんとなく。
行ってしまう、と思ったら咄嗟に声が出てしまったのだ。

呼び止めておいてなんでもないはあまりにも馬鹿みたいなので、駆け寄りハンカチを出す。

頭に向かって手を延ばすと彼は一瞬びくっとしたが、髪にこびりついている血を拭き取れば納得したようで「ありがと」と呟いた。



「ねぇ、名前なんて言うの?」

「直樹。」

「わたし由良。」

「ふーん」

「よろしくね?」

「ん、一応。」



私とよろしくする気はないらしい。
理由など、言わずも理解している。

彼の周りの人間に似つかわしくないこの容姿だ。



「直樹って呼んでもいい?」

「別にいいよ」

「直樹、喧嘩の仕方教えて」



私も、あんな風にしてみたい。
紅を出してみたい。

直樹は私の突然の言葉に、驚き目を見開いている。

アンタみたいな地味女が?といいたげな顔。
そして何故か、にやりと笑った。

僅かな沈黙を破ろうと、直樹が口を開いたその時だ。



「おい、何をしてる!」