あのたった数時間の出来事で
あたいの中の父親像が崩れた。
「なぜ、助けてくれなかった?」
「なぜ、叔父を殴らなかった?」
女の子にとって
一番辛いことなど
考えなくても分かるはず。

それでも、不思議なことに
父の態度は変わらなかった。
それまで通り
「礼恩」とあたいの名前を呼ぶ。
しかし、父はあたいの体を触りたがった。
「抱っこしてあげる」そう言う父。
しかし、やっぱり胸を揉む。
下腹部を愛撫する。
この狂った関係が家族だと思っていた。

「どこの家でも、そうだ。」
あたいは、そう聞いて育った。
頭の中で理解していた。
と言うより、無理矢理、納得させた。
そうするしかなかった。
叔父は最中にこう言った。
「いいか、これはいやらしい事じゃない。
そう思っている、お前がいやらしんだ。」
あたいは恥ずかしかった。
自分がいやらしくて、くだらない人間に思えた。
ある種の洗脳だと思う。
そして、こうも言った。
「今日のことを誰かに言ったら殺すぞ。」
内心、怯えた。
叔父は気分を壊せば、何をするか分からない。
本当に殺されるかもしれない。
そう思って、誰にも話せなかった。

この日のことを打ち明けられたのは
その10数年後だった。
あたいはカミングアウトしたのだ。
母は驚き、怒りのあまり目が充血し
胸の内を聞かせてくれた。
「何度、殺そうと思ったか分からない。」
姉を虐待している場面に遭遇し
包丁を握りしめたらしい。
あの場で父が止めなかったら
メッタ刺しにしていた、と言った。

ただ・・・分からない。
父よ、なぜそのとき姉を助けなかった?