例えば、あたいが見る悪夢の中で最も多かったのは夜逃げの記憶だった。
硝子が割れ、陶器が飛び散り、家族の叫び声が響く・・・そんな記憶だった。
普通、夜逃げというものは借金を背負った多重債務者などがとる手段だと考えられ、まさか暴力から逃れる為に夜逃げしようとは・・・誰も想像だにしないだろう。

あたい達は夜が深まるにつれ
大きくなっていく叔父の怒声に肩を震わせ
夜を過ごした。
「ワシは偉いんじゃ。」
「酒を持って来い。」
「殴られたいのか。」
何度聞かされたかわからない。
ただ、怖かった。
叔父と目を合わせるのが怖かった。
いつか、殺されるのではないかと怖かった。
今、思い出してもゾッとするほど怖い経験だ。

或る晩のこと
その日は一際、叔父の泥酔しかたが激しかった。
「ガシャーン!」
何かが割れる音がした。
さぁ、始まった。
夜の大騒動。
あたい達姉妹は布団に横になっていたが、覚醒していた。
それはもう、習慣というか動物的勘というか
何かが起きる予感がしていたのだ。
「殺されたいのか?」
叔父が誰かに説教しているようだ。
恐らくは母だろう。
母はもともと気が強く、叔父のことを白い目で見ていた。
子供ながらに、それは伝わってきた。
そして、思いテーブルが落下する音。
そこから、騒動は激しくなった。