寄り添って歩くことはできない。オレたちには立場がある。気心の知れたスタッフの前では自由に振る舞えても、第三者の目に触れる場所に出れば勘違いされることすらも許されない。本気なら、なおさら。だからデートと言ってもこっそりと食事をするだけになった。それでも充分だ。

オレは、セイラに告白すると決めていた。

一方的に伝えてきたこの思いは、甘やかすように許されるばかりで、それだけだった。セイラは、いつも、誰にでもそうだ。人のことはいくらでも受け入れるクセに、自分には一歩も踏みこませようとしない。嘘はつかないけれど、柔らかいほほ笑みで隙間なく本心を隠している。その本心が見たい。そして、返事がほしかった。


互いに都合がついたのは、個展の一週間後、今年二度目の雪の予報が出た日だった。
肌を刺すような寒さに鼻の先までマフラーに埋もれて、コートのポケットに手を突っこんで、クリスマスのイルミネーションが映えない明るい街を歩く。なにせまだ子どものオレには、ロマンチックな夜景の見える高級ホテルのディナーなんて用意できなかった。金はあるのに、なんとも歯がゆい話だ。

どうにか頭をひねってようやく決めたのは、仕事仲間に連れられてプライベートで何度か訪れたことのあるレストラン。オーナーが過去に歌手をやっていたこともあって、芸能関係者に配慮がある。店内を移動するときも人目につかないシステムになっているし、席はもちろん完全個室だ。

念のため、あらかじめお願いしていたとおり裏口から入店させてもらった。オーナーに軽く挨拶をして、席に着く。控えめな暖色の照明。木製の椅子とテーブル。行儀よく並んだカトラリー。緊張しているのか、落ち着いているのか、自分がよく分からない。ということは、きっと緊張しているのだろう。かじかんだ耳に手を押し当てて、血の流れる音を聞いた。

待ち望んでいた気配。約束の時間ぴったりに、セイラはやって来た。

「高校生の選ぶ店なんてどんなものかと期待して来てみれば、まったくあなたって子は」

「ダメだった?」

「いいえ。こなれていてがっかりしただけです」

「仕事柄しかたないでしょ。デートははじめてだよ」

「まぁ。それは光栄です」

コートをハンガーにかけて向かいの席に座ったセイラから、ふわりといい香りがした。香水より優しい、きっとシャンプーとかトリートメントとかの匂い。この空間が狭いから、初めて意識できたのだ。冷たい色をした肌も髪も、この暖かい照明の下ではより優しく映る。セイラは、今日も美しい。
ひと心地ついたタイミングで前菜が運ばれてきた。コースではあるけれど気取ったところのない創作イタリアン。

「セイラはお酒飲んでいいよ。ビールとかワインとかあるって」

「日の高いうちからは飲みませんよ。それに、今日はかなでとちゃんとお話ししたいですし」

すました顔をして、きっとオレの思惑なんてお見通しなのだ。それでも向き合ってくれる意味を、どうしても期待を持って探してしまう。