幸せとは、何だろう。
自分からは程遠いところにあるものだから、いまひとつよく分からない。

彼は、私を好きだと言った。大切に、幸せにしたかったと。彼と付き合えば、私は幸せになれたのかもしれない。

きっと、私たちは毎朝はにかみながら挨拶をする。彼は人前で二人の関係を匂わすのは苦手だろうから、教室ではあまり話をしないかもしれない。
でも部活終わりには必ず一緒に帰って、ぽつりぽつりとその日あったこと、何気ないことを話す。特別に面白いことはなくても、二人の間に交わされる全ては胸が絞めつけられるほどまばゆいものに違いない。
仲が深まれば深まるほど彼は、宝物のように私を扱うだろう。私に触れる手はぎこちなくても、思いやりにあふれ、肌が焼けるほど雄弁に愛しさを伝えてくれるのだ。……

自分が愛される想像をするのは、不思議な感覚だった。空っぽだった体が、私は女の子だ、という意識に潤っていく。涙があふれるのを止められない。

愛されたい。

私は、どうしようもなく愛されたくて、それはやはり秋山に与えてほしかった。我慢できるなんて、とんだ思い上がり。愚かな私に自己犠牲なんて無理だったんだ。
傷つきすぎて麻痺していた心が痛みを思い出して、セミナー室で一人、私は泣いた。この学校に、書道に興味がある人がいなくて本当によかった。

展示案内役の交代時間が近づいてきて、私はどうしようか迷った。
あいりちゃんは貧乏くじを引いて、また保健委員として保健室待機の仕事をしている。秋山はクラスの出し物の当番が終われば、あいりちゃんの元に入り浸るだろう。私も役目を終えてフリーになるけれど、こんな腫れぼったい顔で二人の元へ行く気も、一人でにぎやかな学校内を見て回る気も起きない。いっそ、ここに一人でいる方が気は楽だ。

背後で扉が開く。交代の人が来たのだ。私がこのまま展示案内役を続けると申し出よう。

「おつかれ……」

振り返って言葉をなくす。
そこにいたのは、秋山だった。