「お前の言うことは、いつだって正しい。でもな、正しいだけじゃ生きていけないんだよ。どんなに正しくあろうとしても、どうしようもないこともあるんだ。ただ、悔しくてもそこで人生が終わるわけじゃない。俺は俺なりに、守るべき人のために、どんなにみっともなくとも精一杯生きると決めたんだ」

暑苦しい、非効率的な根性論。そんなものは無能なヤツが自己満足するための遠吠えだ。
少し前のオレなら、聞く耳を持たなかった。でも、今のオレは喉元から出かかっている否定を飲みこんで立ち止まる。自分の思考を疑ってみる。丈司の言うことは、本当にバカにしていいものなのだろうか。

「たしかに俺は愚か者だ。要領が悪いし、お前が許せないような間違いもする。でも、俺は不幸じゃない。俺には俺の、人には人の正義がある。お前は、もっと寛容になれ。じゃないと、そのガチガチの考え方は人を傷つけて、いまに自分の首を絞めることになるぞ」

と、ここでスイッチは切れたようだ。

「すっ、すまん!また説教してしまった……これだから口うるさいと嫌われるんだ……」

後悔するとわかっていても真っ正直な感情だけで突っ走ってしまう、この浅はかさ。こんなヤツでも伊達に長く生きちゃいない、ということだ。丈司の言いたいことは、セイラから言われたこととだいたい同じだ。それに、最後の言葉には思い当たる節がある。

「兄貴」のこと。

彼に良い顔をして、完璧な仕事をして、その場その場で正しいことを積み上げていたつもりでいたが、正しいか正しくないか、そんなことは問題じゃなかった。
オレは、彼を傷つけた。
自分の行いが招いたこの結果を認めることの恐怖こそが、彼に対する執着の原因だったのだ。さいなむ罪悪感をごまかすように、正論を振りかざして、彼を悪者にすることで自分を正当化して、逃げていた。でも、事実は準然としてそこにあって、消えることはない。オレは失敗したのだ。
またひとつ、持て余していた鎖が外れた。その代わり、これからオレは自分のしたことと向き合っていかなければならない。

「ごめん、かなで。俺がえらそうに説教垂れる資格なんてなかった。許してくれ。また年も口きいてもらえなかったら今度こそ俺は立ち直れない」

すっかり黙ってしまったオレに、丈司は悲しみに暮れていた。

「ちげぇよ。今はそんなに怒ってねぇよ。丈司が言うことも一理あるって考えてただけだ」

「かなで……お前、変わったな」

驚き、喜び、寂しさ。ないまぜになって、なかなか情けない顔をしている。どうしようもない兄だ。

「オレだって、いつまでも子どもじゃねぇってことだ」

「それでも、お前は俺の可愛い弟だよ」

頭をなでようと伸びてきた手をはたき落としてやったのに、それでも丈司は嬉しそうだった。