「あいりちゃんって、ほんとに良い子ですよね」

つぶやいた私に、駿河さんは嬉しそうに、でもどこか寂しそうに微笑んだ。

「うん。あいちゃんは、いい子だよ」

まるで感情を押し殺すような、痛みに耐えるような。
どうして。この人は、どうしてこんな目をするのだろう。
そんなはずない、でも。
こんな目をする人間が何を抱えているのか、私はよく知っている。

もしかして、この人は、あいりちゃんのことを。

彼が一人で煙草を吸っていた理由が思い当たって、私は強烈な同情を覚えた。
その容姿をもってすれば世界中のどんな女性だって思い通りにできそうなこの色男が、たった一人の女の子に振り回されている。
なんて滑稽!
あいりちゃんは「駿河くん」に絶対の信頼を寄せている。憎からず思っているのは間違いない。秋山と付き合う前に気持ちを伝えていれば、あいりちゃんはきっとうなずいてくれたはず。もしかしたら今だって。

私のたった一言で、事態は大きく動くかもしれない。鼓動が早くなる。
落ち着かなくて、カクテルに口をつけた。炭酸のはじける泡が舌を刺す。甘い痛みが、冷静さを取り戻してくれる。

そうだ。あいりちゃんとこの人が通じ合ったとして、放り出された秋山はどうなるの。捨てられた傷を癒すために、私のもとへ来てくれる?
ありえない。
これまで数えきれない女の子と破局を迎えてきた秋山が、一度だって私にすり寄ってくることはなかった。何が起きても、きっと私の立場は変わらない。
それなら、秋山があいりちゃんを望むかぎり、私は秋山の肩を持つ。これが、私が秋山のためにできる、たったひとつの愛情表現。どんなに心が悲鳴をあげたって、我慢できる。これまでもそうやってきたのだから。

悪いけれど、あなたの気持ちは絶対にあいりちゃんに教えてあげない。自分で行動を起こさないくせして、不毛な想いを捨てられず勝手に苦しみ続けている、これからも私の同志でいて。

「ねぇ、円香ちゃんは好きな人いないの?」

唐突な問い。嫌な汗がにじむ。心の中を見透かされた気がした。

「いませんよ。っていうか、その質問はセクハラっぽいです」

「ははっ、ごめんね。可愛い女の子と二人っきりで舞い上がっちゃったみたいだ」

そんな見え見えのお世辞でも様になる駿河さんの人たらしぶりが、真実に気づいてしまった今では痛々しい。
駿河さんはそれ以上話題を引きずらなかった。きっと深い意味などなかったに違いない。