「わたし、あの舞台を観に行ったんです。よほど観てほしかったんでしょうね、隆臣くんに何枚もチケットをいただいて。とてもやる気で、仕事で会うたびに稽古の話を聞かせてくれて、ほほ笑ましかった。
もともとは彼が目的でしたが、気まぐれにあなたの公演も観ました。二人とも素晴らしかった。あなたは百点でした。私が見た限り、すべての公演で百点。
けれど隆臣くんは、公演ごとに、シーンごとに、出来にばらつきがありました。八十点のところがあれば、中には三十点のところもある。ただ、彼には百二十点の輝きを放つときがありました。高みを目指し、失敗を恐れず、がむしゃらに挑戦している彼だからこそ放つことのできる輝きです。その瞬間が観たいから、わたしは何度も劇場に足を運びました。
なにもかもが百点のあなたのほうが優秀なことは否定しません。あなたの公演はストレスなく観劇できました。でも、わたしの印象に強く残っているのは隆臣くんです。懸命な姿に魅かれ、足りないところさえ愛しく感じる。それが人の情というものです。
正しいかそうでないか、二択ではかることができない、複雑で、自由な、心というものを相手に、わたしたちは仕事をしている。完璧なだけが全てではないんです」

セイラの声は穏やかにオレを急き立てる。

「あなたは百点が満点だと思っているのでしょうけれど、表現の世界に満点なんてものはありません。あなたは、もっと飢えるべきだ。求めれば百二十点にもそれ以上にもなる、その可能性を放っておかないで。挑戦につきまとう失敗を恐れないで」

ひんやりとした手のひらに、そっと頬が包まれた。

「今のあなたは、わたしが引き出したかったあなたそのものです。あなたは初めて完璧でなくなりました。足りないことを知ったなら、それを受け入れなさい。もがいて、苦しんで、自分が本当に求めるべきものを知りなさい。その先で輝くあなたが見たくて、わたしはこの仕事を受けたんです」

すべての言葉が、強く胸を打つ。
この人は、はじめから何もかも分かっていたのだ。そのうえで、こんなにも強い思いを持って、オレを導くために、会いに来てくれた。

「成長してくれますか、かなで」

今までで一番近くにある瞳は、その紫を濃くして伝えてくれる――信じている、と。
正直、泣きたい。テーブルの上に広げられたページを、崩れ落ちた価値観を、まだ直視できる気がしない。それでも、逃げる、なんて選択肢はないのだ。
セイラのことが好きだから。

「好きな人の気持ちには、答えないとね」

無理して笑うこの目元をなぞる指先が、頑張れと言っていた。