「親父っ!」
タケルも家にたどり着いていた。しかし、ダリオは火をつけて去ったのだろう。もう中に入れないほど燃えていた。
「くそっ…。」
タケルは呪文を唱えるより行動にでた。火が得意なため水系は不得意なのだ。すぐ近くの川に体ごとつかり、全身びしょぬれになって家に駆け込んだ。
扉のすぐ近くでうつぶせになり、背中から大量に血を流したイグレの姿がそこにあった。
「親父!」
駆け寄るタケル。
イグレはもうほとんど意識を失いかけていた。ここでは、いつ二人とも丸焼けになるかもしれない。タケルはイグレをかつぎ、慌てて家を出る。これが火事場の馬鹿力。イグレの体重の重みなど、微塵も感じなかった。
「親父!親父!」
タケルは、ゆっくりとイグレの体を横たわらせた。
「タ…ケル…ゴホゴホ。」
よくみると多数に火傷も追っている。
イグレは、かすかに目をあけ、タケルの泣きそうな顔を見つめた。
「おじさんっ!」
そこら中、人を探し迷っていたクロスが、息をきらせて二人の所に走ってきた。クロスはイグレの変わり果てた姿に声を出せなくなった。
「クロス…タケル…早く逃げ…なさい…。もう、ここ…ゴホゴホは…ダメだ。」
必死にイグレの腕を引っ張り、タケルを強く見つめ苦しいのに、必死に話した。
「お前たちは…幸せになるために…生まれてきたんだから…こんな所で…グズグズしてたら……たのむ…生きてくれ…」
イグレの目から涙がこぼれた。二人の小さな頃からの姿が走馬灯のように頭に流れる。
二人は黙って聞いた。どうしようもない事はわかっていた。タケルは回復呪文を知らない。クロスは魔法を使えない。森の外には草原が広がる。どうしようもない。タケルは、一度この現場に遭遇した事のある人間だ。大量に出血をしている人間をむやみに動かしてはいけない。タケルの脳の片隅に残っている。自分の力を悔やみ、涙が溢れてきた。
(なんで回復呪文を知らなかったんだ。なんで隠れて勉強しなかったんだ。本はあったのに…。)
流れる涙は止まらない。次から次に溢れだしてくる。
「泣く…んじゃ…ねえ。俺はな…お前と出会って…ゴホ…幸せだった。」
イグレが笑顔をみせた。心の底からでた笑顔であった。
タケルの目にその笑顔はやきついた。