不慮の事故で転落死を遂げるかもしれなかった男性を、ヒーローがどこからともなく現れ、颯爽と救った。

明日はこの話題でどこもかしこも持ちきりだろう。
僕はそのための存在だ。


「大丈夫かい? 危ないところだったね」


何度経験してもとても気持ちの良い優越感に浸ったまま、下を向いて何も言わない(きっと今になって恐怖が込み上げているのだろう、このアスファルトに血液と内臓と脳漿をぶちまけていたかもしれないと思うと。全く仕方のないことだ)男性に優しく手を差し伸べる。

自分の仕草一つ一つにいちいち満足して酔いしれていたとき、彼が不意に、勢いよく顔を上げた。


「…………な、」
「ん? なんだい?」


感動と感謝で咽び泣いているだろうか。
それとも、憧れと尊敬の眼差しを僕にプレゼントしてくれるのだろうか。


僕は爽やかな笑顔を向け──、


「何で助けた!?」


たまま、脳味噌は一瞬だけ思考することをやめた。


今この人は、何を言った?

何をがなった?

何故、そんな憎しみを乗せた眼で僕を見ている?

何故、僕を睨み殺そうというほどに、噛み付いているんだ?

何を、何故、なぜ。


まさか、そんな。
死にたいだなんて。