「……いってらっしゃい」
――瞬き。
七瀬の瞳から、一粒の雫が零れ落ちた。
綺麗な、透明な。
ひとしずくの、涙。
けれど彼女は、目を細めて笑った。
優しく、花のように。
あたたかな微笑みを、顔いっぱいに浮かべた。
「……いってきます」
ベルが鳴る。
ゆっくりと閉まるドア。
もう、触れられない。
あの声に。
あの瞼に。
あの指に。
あの唇に。
あの体温に。
もう、触れることはできない。
電車が動き出す。
滑るように、ホームから去っていく。
追いかけることはしなかった。
もうここまでだよ。
――さよなら、いとしい人。
朝日に消えていく電車を見つめる。
音もなく、涙が頬を伝った。


