「ごめんね。私、有架にそんな顔させたくなかったのに……なんて、これ自己チューだよね」
七瀬の手が離れる。
一歩、間を空けて、俺を見上げたその瞳は微かに揺らいでいた。
「ホントは、有架のそんな顔見たくなくて。見たら私が傷つきそうで、だから言わなかったの。結局、私は私が一番可愛いってわけだよ」
「最低だよね」と、七瀬は言った。
……それすらも、俺を庇う言葉に聞こえてきて。
もしかしたら七瀬は、さっき俺が考えていたことすら、見透かしていたんじゃないかと思う。
“最低だな”と言った俺と、まったく同じことを考えた七瀬。
……なんで。
「……なんでお前、そんな優しいんだよ」
思わず口をついて出た言葉に、七瀬は微かに笑って、否定を示すように瞼を閉じて、首を横に二度振った。
「優しくないよ。甘やかすのが得意なの。優しいのと甘いのは、似てるけど違うから」
「……そう、か」
「……うん」
うなずき、瞼を少しだけ持ち上げた七瀬は、視線は足元に落としたまま、
「……あのね」
再び、静かに言葉を紡ぎ始める。


