雨が降り出した。
あたしは傘もささずに五反田から恵比寿まで歩く。


目黒に向かう坂にはネズミの死骸。


大きなネズミだ。
何回も何回も車のタイヤに押し潰されたネズミは
ペラペラになって濡れたアスファルトに張り付いている。
血の跡もなければ、飛び出したハラワタも消えうせている。
グレーのフェイクファーに過ぎない。
そこにもう「生」の匂いは感じない。

無機質であり、無表情。

グロテスクとは生を意識させるものから感じる印象。

路上で息絶えたそのフェイクファーは、
ずっと昔から其処に在るかのように見える。
カローラが通過する。
思い切り艶消しブラックのタイヤが死骸の上に覆い被さる。
まるで工場のローラーのよう。
走り去ったあとも、やはりフェイクファーはフェイクファーのまま。

雨が強くなる。

下着まで濡れてきた。
坂から下りて来る女子中学生2人が、そんなあたしを見る。
そしてすぐ脇のフェイクファーに気付き「キャ」っと叫ぶ。
「きもい…」
小走りになる2人。

きもい。

何がきもい?

何が「キャ」なのか?

この世の中の基準って何だろう?

あたしは激しく降る6月の雨のことなど忘れ考える。

この脳味噌、あたしの思考は基準より上なのか、下なのか?

カラカラカラカラ

鼓膜の奥から音がした。

あたしに何かを伝えるための警告音のように聴こえた。