今でもザリガニちゃんの左腕は保管している。
綿にくるまれプラスチックのピルケースに入っている。
真っ白に変色してはいるが原形はある。
あたしを挟んだハサミも健在。

どうして急にザリガニちゃんの話を思い出したのだろう?



「なに考えてるの?」
女王様のマオがメンソールをふかしながら、そう尋ねた。
「昔のこと・・」とあたし。

五反田のSMクラブ。
昼の2時から店にいるのは、あたしとマオだけ。
ーマンション209号室ー
1LDKのリビングに仕切り板を置いて作った簡単な待機場所。
あたしはともかく、そんな場所に女王様と呼ばれるマオがいるのは
不自然であり滑稽だ。

隅に取り付けられたスピーカーからは流行りの有線。
愛がどーした勇気がこーした唄っている。
SMクラブにジャパニーズポップスヒットチャート。
やはり不自然であり滑稽。

仕切り板の奥で鳴り響く電話。
プルプル プルプル

「ありがとうございます、クラブeでございます」

オーナー牧原の低い声。
いつもの調子だ。
客を信頼させる声。
牧原の絶対的才能のひとつだ。

「昔のことって何よ?」
マオがあたしの露出した左耳を見ながらつぶやく。
左耳には8個のピアスが刺さっている。
あたしはそのピアス達に触れながら言った。

「ザリガニちゃんのこと」