「使い果たした、おしまいさ」
あたしは肩で息をしながら黙って聞く。
「破産だよ、もう日本へは帰れない」

窓枠が風でカタカタと鳴る。ソラ様の鼓動でもあり、あたしの波長の音でもあるような気がした。

ソラ様はあたしの首に乾燥した大きな両手をかける。
「最期にどうしても会いたかった」
「そして一緒に死にたかった」と、あたしはソラ様の続けるはずの言葉を先に口にした。
別に恐くはない。
ただ虚しいだけだ。
マカオのホテルで変死する男女。あたしは想像する。虚無。
あたしの首を締め付ける両手にチカラがこもる。圧迫される血管。脈をリアルに感じる。
ソラ様は泣いた。
あたしは口から精液を吐き出しながら、涙に濡れるご主人様の顔を眺める。
これで死ぬんだ、あたしは実感。



そして体感。







目覚めるとあたしはホテルの天井を見ていた。
天井が下がってきているのか、あたしが昇っているのか。
あたしと天井との距離がどんどん縮まっている気がした。
そのまま長いことあたしは動かなかった。瞬きすらしなかった。
空気は鉛のように重く、鉄の匂いが充満していた。
首を左に傾ける。窓の外は闇。夜だ。
呼吸を整える。
首を右に傾ける。

そこにあるのはソラ様の肉体。


首から大量の血液を流した肉体だ。


血は黒く固まり、手には血まみれのペーパーナイフがしっかりと握られている。
目は閉じている。
触れなくても体温など存在しないことが判った。

死っていうものの意味をあたしは考えたことがなかった。
こうして目の前のソラ様を目の当たりにしても、やはり意味なんて考えようとは思わない。

ソラ様は心中したつもりでいる。
でも、あたしはこうしてパチリと目が覚めた。

Sのソラ様が死んで、
Mのあたしは目が覚めた。

口の中が精液の味で苦い。
あたしは溜めた唾液を飲み込むと、そのまま再び目を閉じた。

眠ろう。

ゆっくり、ゆっくり。

今は何も考える必要なんてない。

現実なんて、やがて大きな泡となり弾けて虚構に変わる。

そう思った。


<了>

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