鳴沢先生が私から離れた。


その顔を見てハッとした。


うつむいた先生の頬を、幾筋もの涙が伝っては落ちていく。


―――鳴沢先生、ほんとに知らなかったんだ……。


先生が泣くなんて……。


その姿を見て、胸がいっぱいになった。


私は心の中で涼宮沙羅に呼びかけた。


―――涼宮さん。やっぱりあなたは間違ってたんだよ。


確かに、彼女は鳴沢先生の立場を守りぬいた。


けれど、最愛の女性に裏切られたと思い込んだ先生は、プライドを傷つけられ、彼女と話し合うことを放棄してしまったのかもしれない。


そして、彼女がこの世を去った後で、それを悔やみ、彼女の身代わりを求めるようになってしまったのだろう。


今度こそ、何があっても彼女の手を離さないと心に決めて。


もし、彼女が本当のことを打ち明けていたら、先生が涼宮沙羅を守りぬいたに違いない。


立場を捨ててでも。


鳴沢先生の涙が私にそう信じさせてくれた。


ふたりは一緒に生きるべきだったんだ……。


「行きなさい」


鳴沢先生がつぶやくように言った。


「写真はあの1枚だけだ」


「え?」


「最初は君を裸にして、自分のものにしようと思った。既成事実を作ってしまうつもりだった……」


―――でも、出来なかったんだ……。


たぶん、先生にはちゃんとわかっていたんだろう。


私が涼宮さんじゃないってことが。


それでも、似た女の子を求めずにはいられなかった……。


鳴沢先生の気持ちに、胸が締め付けられる。


「そのボイスレコーダーを持って談話室へ行きなさい。僕はどんな処罰でも受ける」


「知ってたんですか……。私が先生の言葉を録音してたこと……」


今、談話室には他の私学の学校長たちが集まっている。


ここでの会話を再生すれば、いくら父親である理事がかばったとしても、鳴沢先生はこの学校にいられなくなるだろう。


先生は黙って私に背中を向け、再び窓の外を眺め始めた。


その横顔は薄く笑っているように見えた。