「お疲れさま!」


通用口から出てきた透真に、ポケットの中で温めておいた缶コーヒーを差し出した。


「なんだ。まだ、いたんだ」


私服の透真が驚いたように言った。


さすがに明奈がほめるだけのことはある。


ただのTシャツとストレートジーンズに着替えただけなのに、別人みたいにカッコいい。


「う、うん……」


それっきり、お互い黙って歩いた。


赤信号。


私たちは交差点で立ち止まった。


透真はどっちの方角へ帰るんだろう。


私は彼の住んでいる町さえ知らない。


私が道を渡ると、透真も同じ方向へと歩き出した。


「さ、桜井さんの家って、こっち?」


思い切って聞いた。


「いや」


透真が首を振る。


「は?」


「送るよ。遅いから」


それが義務であるような、ぶっきらぼうな言い方。


教師だったころの名残?


街灯の下を並んで歩きながら
「デラ、桜井さんのこと、大好きなんだね」
と、言ってみた。


「俺、ほんとはわかってたのかも知れない」


「何が?」


「父さんが死んだ本当の理由」


そのひと言で空気が重くなる。


「父さんが世話をしてた象のサリは、俺の見ている前では絶対に父さんに甘えたりじゃれついたりしなかった」


飼育員の子供である透真に気を使っていたのだろうか。


「でも、あの日は、俺、いつもの時間に動物園へ行けなくて……。暗くなってから象舎を見に行ったんだ。そしたら、父さんがサリと壁の間に挟まれてて……。恐ろしくなって大声で叫んでしまった」


私もさっき、声を上げそうになった。


子供なら衝動的に悲鳴を上げても仕方ないだろう。


「そしたら、サリが暴れだして……。父さんを踏みつけたんだ」


「うそ……。子供の叫び声だけで?」


透真が辛そうに目を伏せて続けた。


「動物園で飼育されてる象は、多かれ少なかれストレスを抱えてる」


確かに。