「涼宮沙羅(すずみやさら)っていうんだよ。俺の子供を妊娠したってデマを流した女子高生は」


透真は思い出したくないことを白状するように言った。


「じゃあ、桜井さんを前の職場に居られないようにした人って……」


―――鳴沢先生のカノジョだった人と同じ女の子?


唖然として透真の顔を見つめていた。


「来いよ。ちょうど休憩に入る時間だから」


透真はそう言って背中を向けた。


園長室のある建物の入り口に職員用の喫茶室があった。


中にいるのは飼育員らしきツナギか事務服。


学生服はもちろん私だけ。


居心地わるく座っていると、透真がセルフサービスのコーヒーをふたつ運んできた。


「あ、ありがとう……」


ミルクだけ入れて、スプーンでかき混ぜた。


上目遣いに透真を盗み見しながら、彼が口を開くのを待った。


透真は黙ってカップを口に運んでいる。


「さ、桜井さんの前の職場って、英倫女子だったの?」


待ちきれなくなって、私から切り出した。


「ああ。三年前に辞めるまで生物、教えてた。涼宮は俺が初めて受け持ったクラスの生徒だ」


「そ、そうだったんだ……」


「体育の授業中に倒れて、原因を調べるための血液検査をして妊娠が発覚した」


その日の騒動を思い出したように、透真がふうっと溜め息をついた。


「職員室に乗り込んできた涼宮沙羅の父親は弁護士で、『子供が産まれたら、DNA鑑定でも何でもして、相手を突き止めるからな!』って俺たちの前で息巻いたよ」


「あ、あの……。私、涼宮さんっていう生徒が、本当に付き合ってた先生にセクハラされてるの」


「鳴沢?」


「知ってたの?」


「ずっと噂があったからな」


「その涼宮さんっていう子も先生に無理やり交際させられてたんじゃないのかな? それで妊娠してしまって、鳴沢先生が怖くて桜井さんのせいにしたんだと思う」


もしかしたら、鳴沢先生が透真のせいにするよう、彼女に強要したのかもしれない。


先生の恐ろしさを目の当たりにした私は、そんな想像にとりつかれていた。