エレファント ロマンス

「これ」


先生はゆっくりと私の向かいに座り、センターテーブルの上に茶色い封筒を置いた。


「今月中に出せば、来学期から学費が免除になる」


「ありがとうございます」


その封筒を急いでカバンに入れた。


「前園」


すぐに立ち上がろうとした私を、先生が呼び止めた。

「この前はすまなかった」

「え?」


「君にあんなことをするなんて、どうかしてた」


その言葉に涙が出るほどホッとさせられた。


先生だって人間だ。


魔が差すことだってあるだろう。


許せないと思っていた気持ちが、少しだけゆるむのを感じた。


「先生……どうしてあんなことを……」


たずねると、先生は小さく笑い、
「実はね」
と、静かに言葉をつないだ。


「君は僕の……1番大切だった人に似てるんだ」


「先生の大切だった人?」


「そう。だが、愚かなことに彼女を失うまで、彼女が僕にとってどれほど大切な存在だったか気づかなかった」


寂しそうにかげる鳴沢先生の顔を見て、微かな同情心が芽生えた。


やはり、私は鳴沢先生を信じたかったのかも知れない……。


「二度と君に触るようなことはしない」


「先生……」


―――鳴沢先生に、そんなに愛してた人がいたなんて……。


今まで近寄りがたいものを感じていた担任に、親近感がわいた。


「前園。最後にひとつだけ僕の頼みを聞いてくれないか」


そう切り出される頃には、私はすっかり先生を許していた。


「なんですか?」


「君と一緒に食事がしたい」


「え?」


家族以外の異性と食事なんてしたことがない。


返事に迷う。


「やっぱりダメかな」


憂いを含んだ笑みに気持ちが揺れる。


「食事ぐらい……なら……」


そう答えると、目の前の端正な顔がニッコリと笑った。