不意に、私の前を人影が横切った。


背広姿のおじいさんが柵にもたれ、象舎の方を眺めている。


見ると、グラウンドの奥にある象舎の扉が開いていた。


中には二人の飼育員がいた。


どちらも地味なツナギに黒い長靴。


恰幅のいい方の飼育員が、中から一頭の象を連れ出して来た。


耳が大きい。


―――あれがアフリカ象のデラちゃんか。欠席じゃなくて、重役出勤だったんだ。


わけもなく感心する。


日だまりでのんびりと鼻を揺らしている象の体を撫でながら、飼育員が何か話しかけている。


何だか微笑ましい。


象舎の中に残っている方の飼育員は細身で背が高い。


その飼育員は、竹ぼうきで屋内をはいていた。


時々、グラウンドの象を見ながら。


彼は散歩をしている象が自分の方に近づいてくると、ピタリと作業をやめてそちらを凝視するように見ていた。


何だかビクビクしているように見える。


象の飼育係りなのに?


その様子を見ていた背広姿のおじいさんも
『ダメだ』
とでも言うようにかぶりを振った。


そしてそのまま踵を返し、動物園の奥の方へと歩き去った。


象と同じ色の背広を着た、その人の胸には『園長』の名札がついていた。


―――あの飼育係の人、クビになっちゃうのかな。


社会人になっても、人生って色々と大変なことがあるんだろう……。


そんな風に考えると生きていること自体が辛くなる。