普通のサラリーマン家庭である我が家にとっては夢のような話。


けれど、手放しで喜べない。


鳴沢先生が持ってきた話だから。


「特待生じゃなくなっても、大学までちゃんといかせるから。由衣は何も心配しなくていいよ」


「………」


どうしていいかわからなくなった。


月曜日。


重い気持ちで学校の前まで行った。


―――鳴沢先生がお父さんに言った特待生の申請書だけはもらってこなくては……。


その一心で学校まで来た。


けれど、どうしても、正門より中に入ることが出来ない。


私は校舎を見つめたまま、そこに立って色々なことを考えていた。


いっそ、鳴沢先生と付き合ってしまおうか。


他に好きな人がいるわけじゃないし。


そうすれば、お父さんに負担をかけずに『いい子』のまま大学までいける。


そう思った瞬間、先生に押し倒されたときの記憶が生々しく甦ってきた。


押し付けられた唇の感触。


口の中に広がった血の匂い。


異性の腕力に戦慄した記憶。


「う…うぇっ……」


突然、吐き気に襲われた。


私は口を押さえ、そこから走って逃げた。


交差点まで戻った時、我慢できなくて歩道の植え込みに嘔吐してしまった。


「あなた、大丈夫?」


うずくまっている私の肩を、知らない女の人が叩く。


「は、はい。大丈夫です」


必死に立ち上がって、黙々と歩いた。