淡い記憶

それは一瞬で目の端に残像のように、張り付いただけのようだったが、
家に着いても頭に残っていて、さっき後ろから、
かけられた声が耳に響いていた。  

その声は、過去の青木の声と繋がって、
どんどん思い出を蘇えらせた。

その速さは、コマ送りの映画のように、
重なり繰り返し、飛び飛びにバラバラと頭の中に現われ消えて、
気がつくと、あのツアーのことを思い出していた。

 波間後ろからかけられた「陽!」という声が耳の中に響く、
坂を笑いながら降りた風の感覚。

 目の前で、
「また、自転車で行こうよ」と言った青木が笑っている。

 目の奥が熱くなり、涙がこぼれ落ちる。

ベッドに倒れこんで声を押殺したが、涙が嘘のように溢れ出てくる。

「うん、自転車で行こう」  
主のいない遅い返事を呟いた。


 夏の太陽が、涙で海の中のように揺らいで見えた。


おわり