気がついたのは、目の端に見える階段の下にいた母親だった。
陽一郎が口に出した『ナクナッタ』という言葉を、
理解して陽一郎を見上げる目の様子が変わった。
母の様子でその意味が繋がりかけた時。

「青木が、死んだんだ」
 電話の声は苦しそうにつまった。  
なにか足の力が抜けて、ガクガクと膝が揺れた。
階段の上だったので、母が慌てて駆け上がるのがわかった。
壁にもたれて屈みこんだ。
母は数段下から心配そうに陽一郎を見上げている。

「どうした?何の音だ。小原!大丈夫か?」
「母が階段を上がってきただけです」
「そうか、分かったか?明日はお通夜だ」
「分かりました」  

電話が切れて、プープーという機械音が鳴っていた。
動くことが出来ずスローモーションのように受話器を耳から離すと、
母が受け取って機械音を消した。

「青木君、亡くなったの?」
「うん、ナクナッタって」