幸福論

「あーじゃあ、補習始めるけどー。」

俺たちは、物理室の隣の小さな鍵つきの部屋に入った。
ここは、よく一対一の補習に使われていたらしい。
今は、そんな補習はあんまりやらないので、新人教師の俺の私室のようなものになっている。
私室と言っても、冷蔵庫と机と椅子くらいしかないんだけど。

「とりあえず、これやってみてー。」

プリントを差し出す。
何も言わずに受け取られる。

なんか言えよ。

氏名欄に名前が書かれる。

――清浦 綾

お、

「下の名前、アヤ?」

「リンです。」

即効で返される。

「そう、リンって読むんだ。」

「はい。」

あー、やべ、地雷踏んだかも。
だって、なんか表情変わったもん。

「そうか。読み間違えて、悪かった。」

「いえ、慣れてますから。」

女子生徒――清浦リンは、シャーペンをプリントに走らせながら、これまた、感情がよくわからない口調で答えた。