人間の価値ねぇ…


読みかけの本を脇に置いて。
料理をする彼女に声をかける。

「人間って、そんなに価値のない生き物かなぁ?」

彼女はいきなりの質問にキョトンとしながら。
手を止めて考える。


俺にもし、彼女の頭の中を見ることができたなら。
そう思いたくなるくらい、彼女の考えていることは読めない。
ぼぅっとしているようにしか見えない。

苦笑を浮かべながら、彼女の答えを待つ。


彼女はゆっくりと口を開いた。


「価値のある人間なんていないのかもしれない」

冷静に言われた言葉が、彼女のものとは思えずに驚いた。


「動物は、生きるために命を奪う。でも人間は、悪意のために命を奪う」


悪意か…


それは真理かもしれない。
白黒つけられる人間なんていない。
誰しもが悪意を持つ善意の人だ。

目に見えていないだけで。
ふとした拍子に、顔を出す。


「価値はない、か…」


胸に、ざらざらした感情を浮かべながら。
読みかけの本に手を伸ばす。



「でも、いらないと思う」


え?と振り返ると、彼女はほわりと微笑んだ。


「価値なんて、いらないと思う」


優しいけれど、きっぱりとした口調だった。


「そんなものがなくても、あたしは人が好きだよ」



花が咲くことに価値はない。
でも、そこにあることに癒される。
それだけで、花は愛しい。
人も同じか…


「寛容だね」

そう茶化したら、彼女は笑った。

「あたしもおんなじ、ねずみ色だから」


視線を戻して料理を続ける、彼女の横顔は美しい。



だから俺は、君が好きなんだ。


弱さがあるから、人は優しい。
狡さがあるから、人は愛しい。
脆さがあるから、人は美しい。


そこに存在するだけでいい。
命はそれだけで輝いている。