湯佐は慌てるように類に背中を向けると、薬品棚の方へツカツカと歩いて行った。

「ボンジュール、くらいしか訳せないわよ、きっと」

 流しの傍の試験台について座りながら、ミドリ先輩が呟いた。

「湯佐に訳せるんなら、翻訳業者に頼まないですよね。

だいたいあの人、得意なものはフランス語ってことでここに採用されたんでしょう?

なのに詐欺ですよね」

「それどころか、あそこにならんでる試薬のことだってろくに分かってないんじゃないかしら」

「ええっ。まさか。だって、十年もいるんでしょう?

素人だって、それだけの時間があれば、いろいろ覚えちゃうでしょう」

「それが湯佐のすごいところなのよ。学習能力なし」

 ミドリ先輩はクスクス笑った。